昭和五十四年五月十七日 朝の御理解


御理解第八十九節 「此方の道は傘一本で開くことができる。」


 教祖金光大神が教えられる、教えそのものがお道だと思うんです。「此方の道」と仰っておられるのは、金光大神が教えられる事。それが何処へつながって行く道かと言うと、勿論、天地に通う道なんです。その天地に通う事の出来れる手立てと申しますか、それを金光大神は教えておられるのであり、合楽教会はその教えを頂いて、その教えをまた、皆がより分かり安く、より歩き良い様に、ま、つまびらかにしていっておるのが合楽であるし、またそれを合楽理念と言う事になるのでょう。ですから、いよいよその教えを頂いて、それを守らせてもらう。実験させてもろうて、実証がそこになされてくる。実証を見る事が出来る。そこに初めて傘一本と言う事になるのじゃないでしょうか。ま、所謂、傘一本と言う事は安心と言われます、ね。不思議に例えば、これは神様が喜んで下さる事だと思う事を、私共が行の上に表わす時に、心に確かに、必ずこれはおかげになる。これは神様が喜んで下さる事だから。と言うふうに確信が持たれて来る様に、も、その事だけには安心が生まれて来る。
 例えば私が信者時代に、金にも行き詰まりいろんな難儀な問題が重なっておる。けれども御本部参拝だけは毎月必ずさせて頂く。親先生のお伴をしてさせて頂くと心に定めておる。しかもこれだけは、神様が喜んで下さる事だから、ね。必ずおかげになる。とこう確信している訳です。その確信がそのまま、傘一本である。ね。
 もう神様は不思議な、不思議な働きを現わしてくださり、それこそ旅費なしに出発しよう、と、御本部へ行こうと思うておっても、神様が何とはなしに、お繰り合わせを下さった。だから勿論、これはどんな事があっても、それこそ、もし旅費が頂けん時には歩いてでもと、言った様な勢いがあった事は勿論です。もう様々なおかげを本当に間違いない。御本部参拝の旅費だけは間違いないと。或時には片道で行った事もあったね。片道はちゃんとお繰り合わせ頂く人があっておかげを頂いた。また少しばっかり持って行ってる商品を御霊地で売り裁かせてもろうて、帰りの旅費にして来た事もあった。帰れなかったとか、行けなかったという事はまずなかったね。これは神様が喜んで下さる事だからと、もう、御本部参拝と言う事だけには、一つの言うならば確信と言うか、確信そのものがまた安心と言う事にもなるわけですよね。
 親教会の御大祭と言う時に御祭典費とお供えをさせて頂く。これだけはもう絶対であった。も、どんな逼迫しとった時でも神様が本当に不思議な働きを見せてくださり、現わせて下さっておかげを頂いたんです。ね、だから、これだけはと言う確信、だから、こちらの信心がもつと、もっと神様に喜んで頂く心の状態とか、御用の状態とか、これは神様が必ず受けて下さる、と言った様なおかげを、確信を、言うならば広く大きくして行くために、その内容が立派にならなきゃならない。と言う、神様が喜んで下さる事にはこんなにはっきりおかげを、下さるんだから、ね。こちらの心の状態が神様の御心に適う生き方をさせて頂けばおかげになると確信がでける。いろいろと実験、いよいよ実証させて頂きながら、言うなら私の安心は次第に大きいものになっていった。深いものになっていった。
 四十年と言う記念祭、その当時は一年前に計上された御祭典の費用がなんと、一万円でよかった。親教会の三十数年前ですね。四十年祭の時、北京から帰って間もなくの頃であった。そりゃ大した値打ちはありましたけれども、それで一年前にいろんな幹部の、一年後に仕える祭典は、どういうふうに仕えるかと、言う事になったけれども、んなら、祭費のその捻出と言う事はなかなかまとまらなかった。その時、私はそれこそ末席から、兎に角お互い、着物を一枚づつ減らそうじゃないか。と、私共わずかばかり北京から持って帰ってる、その着物を一枚だけ減らそうじゃないか。その時分は古着が非常に高く売れた時分です。けども、なら私も一枚出そうと言う者は一人もいなかったです。だからもう、兎に角、なら自分一人でいっちょおかげ頂こう、と、ね。まあ、これから一年間あるから神様、私の上に起きてくる、言うならば、頂けれる利益と言うかおかげ。だから、いろんな、ま、商売をさせて頂いたね。それが、いつも聞いて頂く様に、もう、あと一カ月で記念祭だと言う、十二月三日の、もう十一月に入ったけれどもおかげ頂く様にして頂かなかった。ああ 、おかげ頂くと思いとると、それがひっかかりになったり、いろんな事故があって、とにかく最低の生活をさせて頂いておったら、お供えの、これだけ素晴らしい事を私が思うておるのに神様はどういうわけ。言う事を聞いて下さらんだろうかと。その間にいつも言います様に、後、先に神様のおかげと思わなければおれない。私はあの頃から時計を持つ事をしませんでしたが、出張販売なんか、九州各地に回ります。山口あたりなんかも行きましたが、いつも時間というものを見て行った事がなかった。それでも、ちゃあんと、もう、それこそ、お繰り合わせ頂いて神様が、この御用を喜んで下さる証拠だなと、思うて、も、それこそ自信たっぷりで商いをして回ったんですけれども、良い商いが出来たかに見えるけども、それが返品になったとか、集金が寄らんとかでね。一年間、とうとう、私はまあ、「業を煮やす」と言うでしょうかね。神様に一談判さして貰うと、言う様な気持ちでね、何処ががいけないなら神様は言う事を聞いて下さらんのか。四十年と言う記念祭と言う、その記念祭の費用をね、私が一人ででもおかげ頂こうと思うて、一生懸命になっておるのに、どういうわけでおかげが頂けんだろうか、と言う、言うならばいよいよ、私はここで言われる、合楽理念の実験と言う事はね、ならないからだめだ、じゃなくて、ならないなら、なるまで何回も何回も、実験しなきゃだめだと思うですよ。つきつめて行かなければね、そして私は親先生には、星野あたりに行くと言う、確かそう言う、嘘を言うて実は、私は山にこもるつもりであった。その時分の考えとはそんなものじゃった。
 そして、山にこもって本当に、天地の親神様からこう言う訳で、お前の願いが成就せんのだと、言うところを頂きたいとこう思うた。ね、言うなら御大祭、ね、または御本部のお参り、そう言う小さい範囲においては、非常に確信を持っておかげを頂く事が出来た。言うなら、小さい安心、ね、けどもその大きい事に取り組ませて頂いた。一年がかりで記念祭を頂こうと言う、ま、少し大がかりな事になってきた。
 私は草野の上の、みうとぎ、から登っていく、その山の中に以前、表行しておった時に皆さんが、滝の水を頂きにいかれた、あの近所
まで来た時にもうそれこそ、本当に十一月だと言うのに大変な雷雨であった。それで、もう大体は滝場に行くつもりはなかったですけれども、そこには籠もり堂がありますから、籠もり堂に行ってそして、そこでお滝を頂いたりして、ま、ここで神様にお願いをしようと思うて、お滝の水を頂きながら、大祓信行です。一心不乱にそこでその晩、そこに先客があったから、泊まられませんでしたから、横の小さい観音堂に扉も何もない所でした。毛布一枚持って行ってますから、それにくるまって御祈念をしたり、寝んだりさせて頂いた。
 二日目だったと思います。お夢を頂いた。そのお夢が『大きな古い井戸がある。その私は井戸の上の中を、こうやって覗いてみたら素晴らしい、井戸いっぱいに悠々と泳いでいる、真鯉が泳いでおる。そん予期に思った事はああ、今度の記念祭はこれだと思ったんです。そう思いながらね、私は井戸の縁に立ってから中に、小便しておる』と言うお夢であった。もう、ビックリした、けれどもその後である。で、眼が覚めた。ね。
 今考えると、やはり鯉と言う事は、今ここでは徳と言われるがね、兎に角、信心そのものだと。神様へのお供えはね。それに言うならば不浄である。排出物を井戸の中にやっておると言う事は、不浄がついておるね。それではこの鯉はお供えすることが出来ない。ね、そして分からせて頂いた事はです、成程、一生懸命に私のお商売の上から頂ける利益がありなら、それを最低の生活費だけは頂かねばでけませんけども、その全部の収入を神様へお供えさせて頂こうと、言う願いを神様は聞いて下さらん筈はないと、思うておったけれども、ここにはこう言う不浄があったと言う事に気がついた。ね、こう言う信心をさせて、こう言う神様に喜んで頂くような、おかげを頂いて後はこちらが喜べれる言うならば、後はわたしのために神様働いて下さるだろうと言う思いがあった事に気がついた。
 所謂、条件があった。その条件が神様のお心にかなわなかった。と言う事に気がつかせていただいて、それこそ、愕然とする程、自分の思いを振り捨てて、我情をふり捨てて、もう後、一カ月残っておる。その事に願いを立て直させて頂いた。
 もう、それこそ一と月もかからなかった間に、もう今から考えて、不思議で、不思議でたまらん。ひっかかっておったと思った筈のお金が返って来る、ね。新たな商いが出来ると言う様にもう、それこそ一万円と言う金が二十日余りで出きたんです。十一カ月出来なかった、ね。初めて言うならば、成程、真心と言うけれども、この真心と言うか真の信心と言うものには、条件があってはならない、と言う事であった。
 今の、ここでやっておる大祓信行なんかは条件無いわけでしょう。無条件に大祓信行を一生懸命にやっているわけ。神様が生き生きとしてみえる。こちらの心までも生き生きしてくるね。そして有り難い、言うなら記念祭を、ま、頂かせて頂いた。
 私はね、御本部参拝もまたは御大祭に祭典費のお供えをさせてもらう、と言う様な場合でもです、そんならやはり条件があっただろうと思うです。御本部参拝は毎月、一の真似の出来ん信心をさせてもろうて、人の真似出来ん様なおかげを頂きたい、と言うものもやっぱりあったでしょうけれども、それは、それなりにお許し頂いたけれども、本当に信心を一段進めさせて下さろうとする働きが記念祭であったんです、ね。
 自分のささやかな信心、小さい信心、ね。さあ御造営が始まったね。それでその、まあ、こう言う様ないろんな願いをしとられる方があります。それが不思議とおかげを頂いていかれる。かと言ってこれはもう相当の金額の、これこれのおかげが頂けたら、これはそのまま御造営費にさせて頂きます。と言う人もあるけれども、これだけ神様は大変金額も大きいから神様が喜んで、ああ、そうかと、おかげ下さりそうなもんだけれども、おかげ下さらん、ね。そこに、ここにです、言うならば神様のね、小学校野と気には小学校の時の試験。中学になったら中学校が問題が違って来るように。
 より大きく、より広く、おかげを下さろうとする時には、ドッコイそれが、私はこれがこうしたら、もう全部お供えするち思いよるとに、どういうわけ、下さらんだろうか、と思うておる人もありましょう。けどそこにはです私は自分がもう一ぺん、その事を思うてみなければいけない事がある。
 昨日、一昨日の朝だったか『小さいドル入れ、お金入れ、空』のを頂いた。神様の一握りと言やあ、どれだけあるかわからん。小さいドル入れだけれども、これは人間の持つドル入れではなさそうな、神様のドル入れの様である、ね。だからお願いさして貰いよったら、これはいっぱいになるおかげを願え、と言う事でありから、その朝から願わせて頂いた。その日の、昨日、一昨日の研修の時に話した事ですけれども、私が頂くおしらせには、必ず実証があるばいと言うて話した事でしたけれども。その日、久留米の井上さんがここでお届けをされる、ね。合楽建設の事が願われる様になって、合楽建設の、ま、言うならば、お供え箱といった様な物を作られた。家族中でそれがおかげ頂いた。御主人はあんなに大人しそうに、しとられるけれども非常に我が強いところがある。
 例えば、財布なら財布、眼鏡なら眼鏡をここに置いて、置き忘れておられる。そすと自分がここに置いとったのにね、「なか」ち、こう言う。そしたらあなたが置き所は何処か違っとる。「いいや俺はここに置いとった」と言うふうに言われるそうです。そして後で「俺は我が強いな」とこう言われる。で、その建設箱を見てですね、「私が我をはった時には、私もこれに協賛、奉賛さしてもらおう」と言うて、ま、お父さん、信心の無い御主人もそれを奉賛される様になった、と言うお届けがあつた。
 それから皆さん帰られた、すぐ後に黒木さんと言うてここでしばらく、修業しとりました。又修業に来るそうですけれども、あちらのお母さんの所から電話がかかってきた。もうそれこそ教会の様なお祭りがしてある。ね。先日も一寸お話ししましたがね、昨日一昨日、一心会と言う会を作った。毎日お参りがあるんですね。朝参りをして来なさるけん、こちらが寝とっても起きらなでけん。もう起ききらんでおると表にお賽銭がいっぱい、こうやって置いてある。不思議な働きがおこっておる。
 「先生、十三日会から、帰らせて頂いたら家には、もう本当に見事なね、合楽建設基金箱と言うのがお供えになっとります」と言う。「どうぞ、これがいっぱいになります様に」と言うのが井上さんのお取り次ぎをさせて頂いた、二、三時間後であった。と言う様に私がドル入れの、空のドル入れをお願いをして、それにいっぱい詰まる様に、と言うお願いしたら、そう言う働きがね、もうすでに起こっておると言うお話を、その日の研修でさせて頂いた事でしたけれどもね。そう言うめいめいで工夫される事でしょうけれどもね。どうぞ一つ皆さん、傘一本が頂ける信心でなからなきゃいけない、と言う事だよ。そりゃ、その人の信心程度によって違うでしょう。
 私が御大祭、御本部参拝と言う時には、成程条件があったかも知れんけども、神様はそれを間違いなくおかげ下さった、けども、記念祭に少しまとまった、お供えでもさせて頂こう、と言う記念祭にかける情念と言うものを神様が受けて下さろうとする働きは、どっこい十一カ月間と言うものは、全然、無駄働きの様な感じの十一カ月であった。そして、こちらで気づく所を気づかせて頂いたら、今まで出来なかったのが一と月足らずで出来る程しのおかげを頂いた。成程、御用に対して不浄があってはならないな、と言う事が、以来分からせて頂いて、私の安心はね、今まで一反の安心であったならば、五反も一町もの広い安心になったと、言う事になるでしょう。おかげの世界はそれだけ大きくなった、と言う事になる。
 皆さんが毎日お参りをなさると、それだけでもう参っておればおかげになる。何かささやかな安心が生まれるでしょう、ね。他の事は出来んけども、これだけは、例えば、月に一回なら、月に一回、絶対お参りをすると決めた人が、月に一回参ればそこに、かすかながらも安心が生まれるんです。それなりの安心が生まれるのです。けども、そのおかげをいよいよ広くしよう、大きくしようと言う事になって参りますと、もう、なら月に一っぺんじゃいかん。んなら二回にする、ね、五回にする。そして、日参りにする。と、言った様なふうにです。それだけ言うならば安心の広さ、と言うか、度合いと言うものは変わってくるんです。だから絶えず、自分の信心と言うものが進んでいく、と言う事。絶えず、自分の信心と言うものを見極めさせて頂いて、信心に実験をさせてもろうて、どうして、こげん、月に一回しか参らん時でん、あげんおかげ頂きよったつに、毎日、日参りするとにどうしておかげ頂かんじゃろうか、と思うてみなきゃいけん。そして、そこにはね、ハハア、成程、これでは神様がここの関所を通らせて下さるはずがない、ね。こげな汚い条件があるんだ、と、例えば分からせて頂いて、そこを脱皮してそこから、次の信心に進んでいく。安心というものは、いやが上にも広がっていく。おかげの場が広がっていく。という事である、ね。
 傘一本でという事には、だからピンからキリまであると言う事であります、ね。
 その、言うなら傘一本がですね、いよいよ広く、大きな安心になって、広く、大きなおかげの世界をお互い目ざさなければならんのです、ね。
 実感されるでしょうが皆さん、皆さん朝参りをなさる、それだけでもうおかげになる、ね。
 例えば昨日は、大分支部の御大祭、もう年々、歳歳、昨日もあちらで、綾部さんが言われますのに、もう本当にさわやかな安心した、ね。言うならば豊かな心で、御大祭を奉仕させて頂く事が出来た。そして願い以上、思い以上の働きを受ける。と言う事の言うならば確信が出来た、と言う意味の事をお届けされました。ああ、もう本当にイライラ、モヤモヤがあったり、それこそお祭りの後に、その有り難い余韻どころではない。何かチカチカする様な問題が起こったりしておったけれどもね、所謂、支部の大祭と言う事に対する思いと言うものが、信心がそれだけ豊かに育たれた、言う事になるでしょう。ね。もう、言うならゆとりをもって安心をもって、言うならば奉仕されておるわけ。だから、そう言うおかげがやっぱ、頂けるわけなんです。ね、だからこれでいいと言う事じゃありません。もう、限りがないね。その辺の所の安心、そして確信、そして間違いないおかげ。もしそこに、おかげが狂うて来るならば、もう自分の信心が一段進められねばならない、広めねばならない。そしてそこにおかげの、成程頂けないと感じられるものを改まっていく、と言う様な生き方になっていく時に、ね、傘一本で開く事が出来る道が、ね、開けてくるわけなんです。ね、皆さん今日のお話はよう分かるでしょう。私は今日は、分かるだろうと思うのです。昨日の御理解は分からなかった様な感じがするね。大変難しい御理解。今日の御理解は自分の胸に手を置いてみればすぐ分かるでしょう、ね。ですから、ここに実験をなさっておられるのですから、実験しても、実験しても、実証が現れないとするならば、もう神様が、一反よりも二反のおかげを下さろうとする働きが、おこっておるのですから、その二反のおかげが頂けれる姿勢、所謂、心の状態をかえていかなければならんと言う事ですよね。「どうぞ。」